もの・もらい・・・

 父が中年になって、糖尿病を患っていた。合併症も見られなかったから母の食事制限の苦労や生活管理が大変だったのも知らず、高齢期になっても元気な父を見てたいした病気じゃないと、侮っていた。
私が糖尿病が怖い病気だと認識したのは、アメリカ映画「マグノリアの花たち」だった。ジュリア・ロバーツ演ずる女性が主人公。結婚式の日の美容院のシーン、彼女が突然、目が据わって、玉の汗を浮べ意識が無くなっていく。母親の差し出すオレンジジュースを払いのけた。瞬間には何が起こったのだろうと驚いた。それが糖尿病の低血糖症状だったのだ。
 「マグノリアの花たち」は原作者のロバート・ハーリングが糖尿病の合併症で妹のスーザン(三二歳)を亡くした実体験をもとにして書いたブロードウェイの演劇を映画化したもの。主人公は、医師から出産だけは諦めるように言われていたが、まわりの心配を押し切って可愛い男の子を生む。しかし、腎臓に合併症を起し、母親から腎臓の提供を受けて移植するが、手遅れで亡くなる。悲嘆のどん底に居る母親を女の友たちが支え慰まして。彼女が立ち直っていくというストーリーだが、その姿が、アメリカ南部の州花『マグノリア』のようだということでタイトルになっている。若く美しい主人公が亡くなるシーンでは映画館全体が号泣した。 
私は、父のことがあるから、内心では糖尿病予備軍と思っていたのに、映画を観てからも、病気を重く受けとめずに暴食飽食を続けた。仕事仕事で体を酷使し(関係ないかも)、結局、六十歳でⅡ型糖尿病と診断された。しかし、毎月一回病院で診察してもらい、血糖値を計り、薬を処方してもらっていた。何も起こるわけでもない。血糖値も“ヘモグロビンa1c”の値も気にはなっていたが、体調は良いし、日常生活は変わりなく働いていた。
ところが、五年前、朝、車で出勤中、前方に霧がかかっているようで見えにくいことが気になった。視力が落ちているのかと思い眼科医を訪れた。診断は糖尿病網膜症、かなり悪化していて、いつ大出血を起こすかも知れないから、すぐに治療しないと失明もしかねないということだった。
それから数週間後、警告されていたとおり大出血が起きた。視力が極端に低下し、右目が見ええない。運転ができなくなった。たまたま夫の友人が眼科医のS先生で、受診すると、すでに彼の医院での治療では手におえない、大病院で手術を必要、手術をしても日常生活に必要な視力の回復が得られないこともあると言われた。S先生の紹介で眼科界では“神の手”といわれているY大学病院のK先生を紹介された。手術は大成功で、現在は日常生活が送れるほどに、そう、こうしてマグノリアの制作ができるほどに回復している。先生方のおかげだと、感謝は尽きない。
三年前、父は九七歳で逝った。病気と付き合いながらの大往生だった。私も、つい喉もと過ぎれば・・・になるけれど、今は辛い食事制限に耐え忍んでいる。この歳で死んでも誰も“美人薄命”なんていってくれそうもないから、この際、父からもらったありがたくない『もらいもの』と、仲良くやっていくしかなさそうだ。