IKADA

クラスメートの男子二人の様子が変だった。授業が終わるや、勇んで教室をとびだしていく。 計画を練って綿密に準備をするような彼らではないのに、柄にもなく地図を持ち出したり、天気を気にしていた。何か突飛なことを目論んでいるに違いない。決行する前日、『土左衛門になった時、身元がわからないと困るから』と、打ち明けられるまで、まさか日本三大急流富士川を自分たちで造った筏で下ろうとは。
そのころ、英語の授業でマーク・トウェインの『ライフ オン ザ ミシシッピー』を読んでいた。トムソーヤがミシシッピー川に筏を浮かべて冒険の旅に出たという話を聞いたが、それに触発されたのか、ただ、単に川が近くにあるから筏で下ったら面白いということだったのか、なにせ、半世紀も前のことなので仔細は忘れた。
秩父山系から流れ出た笛吹川、西からの釜無川が合流して甲府盆地の中心で富士川となる。二人は合流地点に近い笛吹川にかかる桃林橋の下を出発点にした。目的地は駿河湾、いや、太平洋を目指していた。数ヶ月前から集めたもうそう竹やプラスチックをロープでがっちり結わえて二人乗りの筏は完成。そのころ、ライフィジャケットなんてものは、貧乏学生には手に入らなかったから、落ちたら最後の命がけの冒険だった。
出発直後は『これが三大急流か』と思うほどの、ゆったりした流れで、それぞれが持った竹の棹でバランスを取りながら進んだ。川辺で糸を垂らしている釣り人たちが目前に現れた異物に驚きながらも『ガンバレヨー』と声援を送る。川下り、なんと快適だろう。ところが、20キロくらい進んだころから、浅瀬になり、岩がゴロゴロしていて川幅が広くなった。ものすごい流れだ。必死で速度をコントロールし岩に当たらないようにかわして進んだ。が、突然、岩に取られて棹が流された。まずいと、思った途端、筏の前に大きな岩が現れた。ガツと、岩に激突して乗り上げるや、筏は大破して二人は川に
投げ出された。サングラスやカメラ、食料が入ったリュクが川下に流れていく。なんとか岩に辿り着き、しがみついているところを釣り人に救出された。
二人のわ(ば)か者の一人は私の夫だ。岩に乗り上げてばかりの人生だが、なんとかここまで来た。もう一人の友人は、十年ほど前から音信不通。今はどうしているのか。苦境にあっても、筏下りですべて流された時、命があったからいいじゃんと、笑いあったことを思い出していて欲しい。連絡くれれば、ロープでも救命ボートでも持って助けに行くのだが。