菊芋

和歌山の生んだ知の巨人、南方熊楠の信奉者で、生物学者のように草花や樹木に精通している友人がいる。今は無二の親友だが、知り合ったころは、ずばずばものを言う人で苦手なタイプだった。さほど親しくないのに私のことを「あなたは花にたとえれば菊芋ね」と、勝手に決めつけた。
 菊芋なんて名前からして品がないし、「ブタイモ」とも言われていると、付け加えられたから大変不服だった。バラとはいわれないまでも、せめてコスモス、いや、タンポポでもいい。勇気を奮って理由を聞くと、「いつもニコニコ明るくて、ヒマワリほど大きくないから菊芋」と即座に応えた。
その秋、菊芋の花が駅裏の空き地に生えていると聞いて見に行った。ヒマワリを小さくした黄色いかわいい花だ。でも、草丈は、私の身長より高く、セイタカアワダチソウにも負けない雑草だった。それからずっと、彼女とは妙に波長が合って仲良くしているが、菊芋のことは話題には出なかったし、すっかり忘れていた。
 数年前、富良野、美瑛方面に友人とドライブにいった帰り、林道に迷い込んだ。行き交う車もない道をそろそろ走り林を抜けでた陽だまりの空き地に一面に黄色い花。彼女は驚嘆し声を上げ、私は言葉を失った。なんと菊芋が群生していたのだ。私たちは迷っているのも忘れて車を止め、しばらく黄色の海に浸っていた。
北海道を舞台にしたTVドラマ、北の国からスペシャル版“‘98 時代”でも、主人公の蛍が高価なバラに代えて、黄色い小さい花を何本も何本も贈られプロポーズされる。結婚式、百万本のバラのように式場いっぱいに飾られていたのが、菊芋の花だった。
花との出会いはこれまでだが、今年、春に帰省したとき、母から瓶詰めを冷蔵庫から出してきて「天然のインスリンといわれて血糖値を下げるからって戴いたけれど、うちじゃ、だれも食べないから」と渡された。瓶の中には、卵よりひと回り小さいゴツゴツしたショウガのような塊が酢漬けになっている。秋になると菊に似た小ぶりの黄色い花が咲く野草で、花が終わってから根が芋のように育ってそれを掘って食べるのだという。なんと、私のイメージフラワーの菊芋だった。 輪切りにしてカリカリ食べた酢漬けは、おいしかった。心なしか、血糖値が下がっていくような気もする。病気に効くといわれると、美味しくなくても無理して食べるのだが、味もまあまあだったから、あっというまに食べつくした。   
そして自分で栽培してみようと種芋を取り寄せ家の裏の空き地に埋めた。芽が出てぐんぐん育ち夏の初めには草丈が私の身長より高くなった。日差しが強すぎて、葉の一部は枯れているが、元気に伸びている。待ち構えているのだが花はまだ咲かない。
 久しぶりにやってきた件の生物学者が裏の空き地の菊芋に驚いた。「まあ、ここまでのめりこむとはあなたらしい。でも、これ、今は要注意“人物”なんだわ。特定外来生物に指定されている」という。彼女によると、菊芋は北米原産の外来種で日本には江戸時代の終わりころ入ってきた。繁殖力が強く、しかも土地の栄養分を根こそぎ取ってしまう。生命力もあり、そのため、他の植物に悪影響を与え生態系を壊す可能性がある。戦後の食糧難の時代には栽培が奨励されたのに、今は、栽培には十分注意するようにという。
「ま、苫小牧におけるあなたみたいなものよ、外来種が在来種から養分を取って、おまけに土壌を細らせる。だから、私が初対面のときからあなたは菊芋だといったでしょ」と、勝ち誇ったように彼女は言った。私は、日本に来て百五十年にもなる菊芋の、いつまでも外来種として疎まれて生きていく運命に同情してしまう。