ベースボールウイドウ

梅雨なんだから、雨が降ればいいのに、なんと朝から青空だ。夫は私が眠っているフリをしているのもわからないで、ユニホームを着て抜き足差し足で出ていった。せっかくの日曜日、私は一人ベッドに残された。
庭の草は伸び放題。梅雨の晴れ間とあって、いやでも草をぬかなきゃなるまい。いやいや起きだして、目玉焼きとトーストを食べ苦いコーヒーを啜った。さあ、がんばろうと、ジャジー姿で軍手をはめて庭に出た。
 私が出てくるのを待っていたように、やってきたのは隣のあや子奥様だ。まずい、なんか不吉な予感がしたけれど、隠れるまもなく彼女に捕まった。
「静さん、おはよう。あなたもゴルフウイドウ」
 わけの分からない言葉をのたまった。やっぱり語気が荒く機嫌悪そう。
「ゴルフ・ウイ度ってなあに。ゴルフ用語なの」
「何を言ってるの、ウイ度ではなくて、ウイドウよ。分かるでしょ、未亡人のこと」
 あや子は英語が得意で英語教師の資格も持っている。
アメリカで、アメリカンフットボールに夢中なご主人を持っている奥様が、フットボール・ウィドウと呼ばれている、あれよ」
 ああ、そういえばアメリカに住んでいるとき、隣のだんな、フットボールに夢中で奥さんがヒス起こしてたっけ。あの夫婦、離婚したもんね。と、回想していると、そこへあや子の声が飛ぶ。
「やっとわかったようね。ゴルフ未亡人、つまり、ダンナがゴルフに熱中なために、年中ほったらかしにされ、まるで未亡人のような妻を指す言葉よ」
「なるほど、なるほど」
「感心してる場合じゃないでしょ。とんでもないことよ。許されないはずよ。家庭を顧みず、夫婦の時間を持たず、ただスコアを上げようと、棒を振り続ける夫。ああ、許せない」
 いつもよりかなり激しく泣かんばかりに怒ってるあや子奥様。まるで若い女性に夫を奪われたかのようだ。なんとか、なだめなければと、家に招き入れて紅茶を入れ、夫と食べようと買っておいたチャヤのケーキを振る舞った。
あや子の話しによると、昨日は二十五年目の結婚記念日だった。それを知ってか知らずか、ご主人はお泊りゴルフにでかけてしまい、結婚記念日は何も無く・・・・。
「どうして結婚したのかしら。私達は単なる家事、炊事係じゃないわよねえ」
 うんうんとうなずく私。この場合は絶対否定なんかできない。
「ね、静さん、あなたもでしょ。かわいそうな私たち、ゴルフウィドウちゃん」
「ええ、そう。でも、内のが振ってるのは、バッドだから」
「いいの、バッドもクラブも同じよ」
「玉も少し大きいの」
「でも、棒振って玉叩いて、同罪よ」
 あや子は私も哀れなウィドウの境遇に引きづり込みたかったのだ。あや子は、私のぶんの大好物のモンブランまで平らげて機嫌を直して帰っていった。
 空っぽの皿を見ながら私は、なんだか、腹が立ってきた。あや子がゴルフウィドウなら、私なんか、ベースボールウィドウだぞ。
 気を取り直してラジオのスイッチを入れたら、引退した百恵ちゃんのヒット曲の特集番組。ウ、ウ、ウ、これはなんと、ロンクンロール・ウィドウ。
  
♪ 乗ればあさまで帰らない
もしも誰かに聞かれたら
夫はとうに亡くなりました
いいひとでした
かっこかっこかっこかっこ
かっこつけて泣きたいわ

いいかげんにして 
男はあなた一人じゃない
 
ロックンロールウィドウか、いさぎよくっていいねえ。口づさみながら、私は、その日は陽が落ちるまで草むしりをした。土まみれのユニホーム背番号1が帰ってくるのを待ちながら。